yasumin日記~霊的成長への道~

発達障害の息子の子育て こころの成長・気づき・発見 ちょっぴりスピリチュアル

瞑想その2 ヴィパッサナー瞑想~「食べる瞑想」

前回ご紹介したヴィパッサナー瞑想のプログラムの中に

「食べる瞑想」というのがあった。

昼食の時間がこれに充てられる。

修道院の食事ということで質素なものをイメージしていたが

黙想会参加者用に用意されているのか

なんとも豪華で身体によさそうなものばかりだった。

 

キリスト教では「最後の晩餐」にもあるように

〝食事を共にする〟ことを大切にしている。

私が所属する教会でも

〝愛餐会〟と呼ばれる日曜日の礼拝後の食事会は

ご婦人方の手料理が素晴らしい。

新型コロナ蔓延以来行われていないが。

 

さて、この「食べる瞑想」。

食事中の私語は禁止。

一口食べては箸を置き

目を閉じて、口の中で溶けるまでよく噛んでから飲み込む。

ひたすらこれの繰り返し。

 

食材の持つそれぞれの味、固さ、食感を感じる。

口の動き、歯の感触、舌触り。

唾液と混じり合う感じ。

普段何も感じないところに自然と意識が向く。

一口にこんなに時間をかけて食べたことがあるだろうか。

食材はもちろん

作ってくれた方、準備を整えて下さった方、食事を共にした参加者の方々に

感謝の念が湧いてくる。

また取り込んだ食材を

エネルギーとして変換してくれる自分の身体の各器官にも

感謝である。

全身に行き渡っていく感じがイメージされる。

 

食べることを通して多くのことを感じた貴重な体験。

たまには日常生活に取り入れたらよいのだろうが

よほどの決意がないと実行できない。

当然のことながら食べるスピードが格段に遅くなるから

時間と心に余裕がないとできない。

少量でお腹がいっぱいになるから

たくさんの量を食べないと満足できない人には向かない。

食べることが楽しみの人には向かない。

 

ある日の昼食時、

早食いpikarinに「食べる瞑想」の事を話してみた。

何を思ったかいきなり目を閉じて

「食べる瞑想」をやり始めた。

彼はいつも〝思ったがその時〟で衝動的に始める。

こちらが言い始めたことなので

一緒にやることにした。

いつもは5分の食事に30分以上かけた。

こういうところが不思議。

興味のない事や強制されると無視するpikarinだが

たまに予想外にヒットしたりする。

しかも面倒なことに集中できたり、

時間をかけることもできたりする。

瞑想を終えて感想を聞くと

「からだにしみわたるね。」と一言。

 

一度体験したもののその後はやる気もなく

相変わらずの早食い。

ひどいときは

短期記憶が弱いから

「ボク、夕ご飯食べたっけ?」とか言うことも。

せっかく愛情込めて作っているのだし

健康のこともあるので

もう少しゆっくり味わってほしいのだが…。