yasumin日記~霊的成長への道~

発達障害の息子の子育て こころの成長・気づき・発見 ちょっぴりスピリチュアル

瞑想その1 ラビリンスメディテーション

f:id:hoshinopikarin:20210905195419j:plain3年ほど前、

ラビリンスメディテーションをやった。

一般的には修道院という所は馴染みがないかもしれないが

私にとっては

心が落ち着き、自分に帰ることができる。

時間も半日だったので

初めて瞑想を行うには入りやすかった。

 

フランスのシャルトル大聖堂など

聖堂内に敷設されているものもあるが

私が体験したのは

修道院の奥庭の渦巻きの小道。

周りを木々に囲まれ

小鳥のさえずりも聞こえ

静かな空間。

 

まず最初に参加者が集められ

修女様からラビリンスについての説明を聞き

本日のメディテーションの「テーマ」が与えられる。

その後一人ずつ少しの時間差で外に出て

円形の渦巻きの外周から中心へ、

中心から外周へ向かって歩く。

沈黙のうちに

ゆっくりとそれぞれ自分のペースで

途中で他者とすれ違ったり、追い越すこともあったり。

何週歩くという決まりもなく

自分で十分と思うまで歩く。

 

教えられたわけでもないのに

外周から中心に歩いていると

これまでの人生について振り返っている自分に気づく。

いろんな感情が湧き上がってくる。

歩いているだけなのに、涙が出てきたりもする。

一歩一歩今を歩んでいることを感じる。

 

中心部分にはスペースがあって

何故か少しの時間そこにとどまっていたくなる。

心が静かになっているのを感じる。

ずっとそこにいたい気もする。

新たに外周に踏み出すには勇気がいる気もした。

 

十分かなと思って、また来た道を戻る。

同じ道ではあるが

感じ方が全く違う。

足取りがしっかり感じられた。

周りを見渡す余裕もある。

空間を感じることもできた。

 

終わった後には

参加者が集い、感じたことの分かち合いをする。

その日に出会った初めての人たちなのに

すんなりそこに溶け込める。

共に同じ道を歩き、同じ空間にいたからだろうか。

歩いている時は沈黙だったのに。

もちろん参加は自由。

分かち合いをせずに帰っても。

 

渦巻きという形状は自然界にもたくさん存在する。

死と再生を意味するようでもある。

古代から世界各地で文化の中にも普遍的にみられる形。

この形のイメージも心理的に作用するのだと思う。

(大学受験のデザインの小論文試験で、渦巻きの形状の写真が3点あり

これに共通するものについて延べよ、というのを思い出した。)

 

神を信じる者であれば

神と共に歩む道は

より癒しが与えられ、強められるが

キリスト教信徒に限らず

すべての人に

新たな体験と気づきが与えられるように思う。