サダナ黙想~象徴的幻想のエクササイズより
最近実家に行った時に、
27年前母と二人で行った冬のパリ旅行の話題になった。
灰色の冬空の中、連日美術館のはしごの一週間。
そこで出会ったのが、
ロダン美術館のカミーユ・クローデルをモデルにした(?)
大理石の彫刻「ダナイード」
題材はギリシャ神話の悲劇的テーマなのだが、
そんなことより
この彫刻のなんと美しかったこと!
女性の背中からうなじ、髪の毛に至る表現。
感動で涙があふれてきた。
世間では何と言われようと、
こんなにも深く愛していたのか、と。
(題材とは関係なくかってに感じた)
彫刻を見て涙が出るほど感動したのはこれが初めての経験だった。
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時は変わって
昨年サダナ瞑想に初めて参加した時のこと。
ある象徴的幻想を用いたエクササイズでこんなものがあった。
①ある美術館を訪れました。どんな美術館ですか?
入り口は?中に入ると?
②そこにあなたをモデルにした彫刻があります。
どんな彫刻ですか?好きですか?嫌いですか?
彫刻に話しかけてみてください。
③あなたはその彫刻の中に入ってみます。
どのような気持ちがしますか?
④その部屋にイエス様が入っていらっしゃいました。
どのようなお姿で、部屋の彫刻を観ていますか?
⑤あなたの彫刻の前に来ました。
どのように眺めておられますか?
イエス様に出会ってどのような気持ちですか?
何を語られますか?
⑥イエス様と共にいる間、どんな会話をしましたか?
⑦イエス様が部屋から出て、あなたは彫刻から出ます。
彫刻を出た後見直して、彫刻はどうでしたか?
変化がありましたか?
⑧美術館の外に出てどのような気持ちになりましたか?
一つ一つの問いは最初からわかっているわけではなく、
指導者(司祭)によって瞑想の中で順に誘導されていく。
私のイメージに出てきた美術館は、
エントランスホールの天井が、ガラスのピラミッドになっていて、
光が差し込んでいる。
第一の部屋には、「サモトラケのニケ」が中央にあり、
ジャコメッティの彫刻、ダリの絵に出てくる図像が彫刻となって、
その周囲を囲んでいる。
床のタイルと壁はモノトーンの市松模様でモダンな感じ。
私は、ロダンのカミーユをモデルにしたうつぶせになっている彫刻。
この彫刻が好き。
愛のすべてが注がれているところが。
私が彫刻に語り掛ける。「愛されていますね。」
彫刻が答える。「とても愛されています。」
自分の彫刻に入ってみて…
あたたかい、
やわらかい、
不思議な感じ。
イエス様はタキシード姿で部屋に来られ、
周囲を見てから、私の彫刻に来られた。
私の彫刻は裸なので、覆うものもなく恥ずかしい。
イエス様は
「ありのままのあなたでいいんだよ。」
と肩に触れておっしゃられた。
恥ずかしい気持ちと嬉しさ、優しさが交じり合う。
彫刻を出てみると…
彫刻は殻のようになっていた。
昆虫が脱皮したように。
美術館を出て…
自分がたまご型の光に包まれている感じ。
ただ、周囲はそれに気づいてくれない。
どこへ向かおうとしているのか。
何かに導かれているように、進むべき方向がわかっている感じ。
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朝の瞑想の中でなぜかそのことが重なり思い出された。
父なる神の創造物である私。
そこには深い愛が込められているんだ。
そしてありのままでいいんだよと、
受け入れて下さる子なる神イエス様。
それらから出るいぶき、聖霊に導かれて
私は生きているんだなぁ。
そんな、じわ~っとした深い感動が訪れた
朝の瞑想だった。